男目線シリーズ:アメリカでの出産

“男目線シリーズ”発足について(大げさな。。)

2014年、男の子が産まれました。

出産という人生の一大事に、きっと女の人はブログも含めて、多くの方が実録、感想という形で何かしら残していると思います。実際に”出産 アメリカ”とググると沢山の女性のアメリカでの出産体験記事が出てきます。

しかし、男性の目線でこの出産という事に関して、書かれているのはそんなに多くはなく、しかもアメリカでの出産に関しては、恐らく余り無いのではないかと思い、少し書いておこうかなと思いました。

それに伴い、男目線から見た、アメリカでの結婚や子育ても、あまり無いかもしれませんね。男はビジネスに関する事や趣味に関する事に関しては、熱く語れるのに、人生の中でもとっても大きいイベントにもかかわらず、こういう事に関して意見を述べたり、記録に残す事はめんどくさがる男性が比較的多いですからね。

という事で、気が向いたらちょこちょこと”男目線シリーズ”を差し込んで行こうかな、と思っています。基本、私の記事は男性寄りの記事が多いと思うのですが、この”男目線シリーズ”は男性はこういう風にも考えているんだな、、と逆に女性に読んでもらえたらありがたいです。

本題:妊娠期から陣痛、そして病院へ

妻が妊娠して、つわりがとてもひどい日々を過ごしていました。好きな物も食べれなくなり、何か食べたとしても、それをすぐに戻してしまい、トイレでは本当にほぼ毎日ゲーゲー言っていました。

結局つわりは最後までおさまる事なく、最後まで続きました。それでも仕事は出産2週間前まで、ロサンゼルスから仕事場のオレンジカウンティーまで、フリーウェイで往復3時間かけて、大きなお腹で通い続けて来ました。私達の為に本当に大変な思いをしてもらいました。

そして予定日の3日前の朝におしるし、そして夜から陣痛、もともと病院の講習で、陣痛が5分間隔で1時間続くようになってから、病院に来るように言われていたのですが、その5分間隔というのが、中々難しく、特に私達の様な初めての出産の場合、心配で早く病院に行き過ぎて、家に戻されてしまうケースが多いらしいです。

私は早寝早起きの為、頑張っても12時位には寝てしまっていたのですが、妻はその間にも陣痛と戦って、きちんと陣痛の間隔を図って、病院にも確認の電話をして。すごいな、、と。(この記事を書きながら、当時を振り返ると、共に起きてあげるべきだったな、と反省。。)

そして、4分間隔が1時間続いている!と妻に起こされたのが、夜中2時半過ぎ。すぐに準備して、夜中なので道がとても空いていて、私達が通っていたUCLAの病院まで10分位では着いたと思います。

病院で出産に向けて準備

病院に着いた段階で、妻は歩くのもままならない状態でした。その時間、エマージェンシー入口からしか入れない為、その入口チェックインの人に、何分間隔で陣痛が起きているか?と確認され、チェックインを終え、車いすで妻は連れていかれ、病室のベッドに寝かされました。

もう午前3時過ぎ、その時間にも関わらず、先生やナースが立ち代りで何人も行き来しました。さすが分業制のアメリカ、すごいシステムだな、、と感心しました。

当然、英語環境でしかも専門用語だらけ、、その中で妻はほぼ理解しており、専門用語はさすがに難しいでしょ?と聞くと、大体話の流れや前後で理解出来る、と。アメリカに来て英語に困った事がない!と言い切る天才肌の妻はさすがです。。

1時間位検査等をして、大きな部屋に通されました。とても贅沢な大きくてゆったりした部屋です。ただ、その後この部屋が人でパンパンになるなんて、想像もしていませんでしたが。。

日本ではどうか分かりませんが、アメリカでは多くの人が無痛分娩だそうで、妻も麻酔をする事に決めていました。ところが、背中に2か所か3か所刺されたその麻酔が鬼の様な痛さだったそうで、その麻酔の為に震えがしばらく止まらない様子でしたが、しばらくすると、あんなに痛そうにしていた陣痛がきれいになくなっていました。不思議な物です。。

先生が来て(ただしいつも検診してもらっていた先生ではなく、違う先生で、結局担当医を見る事はありませんでした。。そういうシステムらしいです。)、子宮口の開き具合をチェックしていました。

陣痛は痛みは感じないが、モニターでチェックできるので、ずっと陣痛が来ている様でしたが、中々子宮口が開かず夜中3時に病院に来て、結局翌日の昼の3時位まで進展が無かったのですが、先生が3時位のチェックで、進展が無い様だったら破水させよう、と言う事だったのですが、4時位の検査ではどうも、もう出産の準備が出来てきたようでした。

そして、遂に出産開始!

出産の準備を看護婦さんがして、力み方を教わっていたら、看護婦さんが慌てだして、チームが必要!!とナースステーションにコールしたら、なんと来るわ、来るわ、、先生、アシスタント先生、先生のボス?、出産担当ナース、産まれてきた後の赤ちゃんをケアする用のナースと、約15人位がこの広い部屋に集まり、逆に私の居場所がなくなる位でした。

結局、なんと3りきみ??で5分位かな、、赤ちゃんが出てきたようですが(血が怖くて、出てくる所を見れなかったのです。。)、本当に感動的でした。。。

へその緒をお父さんがカットしてください、と2回言われたのですが、へそを切る事に抵抗があり(単に血とか痛い事とかにビビりなだけなんですが。。)、結局断りきりました。

妊娠期と出産を振り返る

妊娠して、だんだんとおなかが大きくなって、重くなり歩きづらくなり、つわりが始まり、食べたい物も食べれなくなり、毎日ゲーゲー吐く日々。

お腹の子が動き出したら2人で喜び、動かなくなったら心配し、子供の名前で2人の意見が食い違い、妻はいつもおなかの子に嬉しそうに話しかけ、検診で3Dをの顔を見て喜び、妻の情緒もやはり不安定にもなったり。

きらいなサプリも日々飲み続け、運動したくても動けなかったり、周りの多くの知人、友人からbaby shower等でたくさんのギフトを頂いたり。

妊娠後の色々な出来事があり、そういった長い間の経過を踏まえて、最後の踏ん張りで力む妻の様子、そしてそれを必至に支えたり応援したりする、15人位の病院関係者。

一人一人の命には、皆そういう事を通ってきた結果、生を授かったんだな、、人の命の背景には、両親のそういう隠された歴史が刻まれていたんだな、、とちょっと人を見る目が変わりました。

そして、長い期間色々と辛い思いの妊娠期を過ごし、陣痛や麻酔での痛みに耐え、最後の出産でも踏ん張り、頑張ってくれた妻にただただ感謝で一杯でした。

赤ちゃんが生まれて、看護婦さんから”お父さん、抱いて!”と言われて抱いた時、あーー、あのおなかの中で動いていた子がこの子か、、とシミジミとしました。

本当に今までの人生の中での一番のイベントじゃないかな、、と思いました。

出産後

病院に来てから、水も食べ物も食べたらダメ!と言われていた妻は水と食事に喜んでいました。その後、小さい部屋に移されて妻にご苦労様、ゆっくり休んで、、と思っていたら、そうなんです!ここからも大きな大きな仕事がありました。

3時間毎にお乳をあげないといけないんです。

夜泣きもあり、結局あまり寝れてなかったと思います。本当に女性は大変!!私も前夜はほとんど寝てなかったから、、私は爆睡してしまいました。夜泣きも看護婦さんが夜中に来た事にも全く気付かず、5時半位に起きた時に、看護婦さんが検査の為に赤ちゃんを連れて行っていたのですが、それを知らなかった私は、赤ちゃんが部屋にいなくて一人焦っていました。。。

その後、次から次へと赤ちゃんのチェックがあり、そして昼過ぎには退院!

そうなんです!アメリカでは、基本翌日には退院するんです。長くても、その一日後には必ず退院ですね。

そして、家に帰ると愛犬が、何だ!その動いたり泣いている生き物は!!と興味深々。

家族が一人増えて、責任も増しましたが、うれしい限りでした。

この出産という、人生の一大イベントは、本当に妻に感謝!